花には不思議な力があります。
朝、庭に出て咲き始めたクロッカスを見つけたとき。
夏の朝露に濡れたヒマワリが太陽に向かって背筋を伸ばしているとき。
そして、冬の寒さの中でも凛と咲くシクラメンに出会ったとき。
私たちの心は、言葉にできない温かさで満たされます。
研究所で30年以上、花の品種改良に携わってきた私にとって、花は単なる研究対象ではありませんでした。
それは、人々の暮らしに寄り添い、季節の移ろいを告げ、時に励まし、時に癒してくれる、かけがえのない存在です。
富良野に移住してからは、大自然の中で花たちがどのように生き、どのように人々と関わっているのかを、より深く感じるようになりました。
この本では、そんな花たちの物語を、科学者の目線と、花を愛する一人の人間としての想いを込めて、皆さんにお伝えしたいと思います。
「どの花を選べばいいの?」
「初心者でも育てられるかしら?」
そんな不安を抱えている方も、大丈夫。
花選びのコツさえ掴めば、きっとあなたも素敵な花のある暮らしを楽しめるはずです。
春の花を楽しむ選び方
春の訪れを告げる花たち:クロッカス、チューリップ、スイセン
雪解けの大地から、最初に顔を出すのはクロッカスです。
地上すれすれの所に咲き、黄色・白・薄紫・紅紫色・白に藤色の絞りなどがあるこの小さな花は、まるで春の使者のよう。
富良野でも、2月の終わりごろから咲き始めます。
実は、クロッカスには興味深い性質があります。
気温が上がると花びらの内側が成長することで外側へ反り返り=開花、逆に気温が下がると、花びらの外側がよく成長して花が閉じます。
まるで、花自身が温度計を持っているかのようですね。
チューリップは、もっと華やかな春の主役です。
研究所時代、私は数々のチューリップの品種改良に関わりました。
これまでに数えられないほどの品種が誕生し、現在の品種リストには5000を超える品種が登録され、およそ1000品種が世界中で育てられています。
でも、私が一番好きなのは、シンプルな赤いチューリップ。
子どもの頃、母と一緒に植えた思い出があるからでしょうか。
スイセンは、少し違った魅力を持っています。
スイセンには多くの種類があり、種類により咲く時期が違うため、11月から4月まで、長い期間楽しめるのです。
特に、ニホンズイセンは11月下旬~庭で咲いています。
冬の庭を明るくしてくれる、頼もしい存在ですね。
初心者でも育てやすい春の多年草
「毎年植え替えるのは大変…」
そんな声をよく聞きます。
でも、ご安心ください。一度植えれば毎年花を咲かせてくれる、素敵な多年草があるんです。
シバザクラは、私のイチオシです。
日当たりを好み、一度根付けば手間いらずなので、初心者でも管理しやすい宿根草です。
春になると、地面を覆うようにピンクや白の花が咲き誇ります。
まるで、大地に敷かれた花のじゅうたんのよう。
エリゲロン(ペラペラヨメナ)も素敵です。
咲き始めはピンクでやがて白に変化するかわいらしい小花を、春から秋まで開花します。
道端の石垣の隙間にも咲いている、とても丈夫な花です。
他にも、こんな花たちがおすすめです:
キジムシロ
バラ科キジムシロ属の耐寒性多年草。春から初夏に株元から花茎を立ち上げ、イチゴの花に似た黄色い小花が開花します
チョウジソウ
淡いブルーの星形の花の宿根草。東京だと5月上旬ごろが開花時期です。一度植え付ければ植えっぱなしで大丈夫
これらの花たちは、まるで古い友人のように、毎年同じ場所で私たちを迎えてくれます。
春の花の品種改良の裏話
研究所で働いていた頃、私たちは日々、新しい品種の開発に取り組んでいました。
品種改良というと、難しく聞こえるかもしれません。
でも、基本は「より美しく、より育てやすい花を作る」こと。
交配による品種改良では、交配の親としてさまざまな特性の品種を数多く用意しておくことが必要です。
私たちは、世界中から集めた種子を大切に保管し、その中から最適な組み合わせを探していました。
最近では、ゲノム編集は、ねらった遺伝子に効率よく変異を導入することができるため、従来の品種改良に比べて短期間で新しい品種を作ることが可能になりました。
でも、私は思うのです。
技術がどんなに進歩しても、花を愛する心、自然を敬う気持ちは変わらない、と。
花とともに始める新生活の演出法
春は新しい始まりの季節。
新生活を迎える方も多いでしょう。
そんな時、花は素敵な演出家になってくれます。
玄関先にチューリップの鉢植えを。
リビングの窓辺にスイセンの花瓶を。
ベランダにシバザクラのプランターを。
花があるだけで、新しい空間が「あなたの場所」になっていきます。
私が富良野に引っ越してきたとき、最初にしたのは庭に花を植えることでした。
見知らぬ土地での不安も、花たちが和らげてくれたように思います。
夏の庭に彩りを添える花
強い日差しにも負けない夏の定番花:ヒマワリ、ジニア、ペチュニア
夏の主役といえば、やはりヒマワリでしょう。
原産地は北アメリカ。古くから原住民に食用作物として利用されていたそうです。
でも今では、世界中で愛される花になりました。
富良野の広大な畑に咲くヒマワリは、まさに圧巻。
ロシアヒマワリは草丈が3mほどになり、よく「ヒマワリの迷路」に利用されます。
子どもたちが迷路の中で歓声を上げる姿は、夏の風物詩です。
ジニア(百日草)も、夏の庭には欠かせません。
プロフュージョンは古い花がらを覆いつくすように新しい花が次々に咲く「セルフクリーニング」の性質があるため、管理の手間がかからないのが魅力です。
忙しい方でも、美しい花を楽しめるんですね。
ペチュニアは、もっと繊細な美しさを持っています。
ペチュニアは、南アメリカ原産の夏を代表するナス科ペチュニア属の植物で、開花期間が春から晩秋までと長く育てやすいお花です。
研究所では、日本の高温多湿な気候に合うよう、品種改良を重ねました。
その結果生まれたのが「サフィニア」。
1989年に「サフィニア」の花苗を発売、翌年の大阪花の万博で「サフィニア」は大ヒットしました。
涼を感じさせる花の色選びと配置のコツ
暑い夏こそ、花の色選びが大切です。
白や青、淡い紫の花は、見た目にも涼しげ。
逆に、オレンジや黄色は元気をくれます。
私のおすすめは、こんな組み合わせ:
朝の庭には
白いペチュニアと青いサルビアを。朝露に濡れた姿は、まるで天然のクーラーのよう。
午後の日陰には
薄紫のトレニアと白いインパチェンス。木陰でひっそりと咲く姿に、心が落ち着きます。
夕暮れの庭には
オレンジのマリーゴールドと黄色のジニア。夕日に照らされて、一日の疲れを癒してくれます。
富良野で実践する「夏花の楽しみ方」
富良野の夏は、特別です。
ラベンダーの季節には、丘一面が紫色に染まります。
7月中旬から下旬にかけて開花のピークを迎え、見頃のラベンダーを楽しむことができます。
私は毎朝、ラベンダー畑を散歩します。
朝露に濡れたラベンダーの香りは、一日の活力を与えてくれるんです。
でも、ラベンダーだけではありません。
道端に咲くエゾカンゾウ、草原を彩るハマナス、森の中でひっそりと咲くエゾエンゴサク。
北海道ならではの花たちも、夏の楽しみです。
夏の短い命に宿るストーリー
夏の花の多くは、実は短命です。
ヒマワリの一輪の花は、わずか数日で散ってしまいます。
でも、だからこそ美しいのかもしれません。
研究所で働いていた頃、ある農家さんから聞いた話があります。
「花は、咲いている時間が短いから、精一杯美しく咲くんだよ」
その言葉が、今でも心に残っています。
秋の深まりとともに楽しむ花
色づく季節に似合う花:コスモス、ダリア、シュウメイギク
秋風が吹き始めると、庭の主役も変わります。
コスモスは、まさに秋の代表選手。
日本の秋を代表する花のひとつで、全国各地で育てられています。
でも実は、元々は熱帯アメリカ原産の花です。現地では標高1600mの高原で自生するほど強い花です。
富良野では、稲穂が黄金色に輝く頃、道端のコスモスも咲き始めます。
風に揺れる姿は、まるで秋の訪れを告げる踊り子のよう。
ダリアは、もっと華やかです。
花形のタイプによって、代表的なデコラティブ咲き、弁先が細長くなるカクタス咲きなど、10数種に分類されます。
私が特に好きなのは、ポンポン咲きのダリア。
まん丸な花が、秋の庭に温かみを添えてくれます。
シュウメイギクは、少し違った魅力があります。
日本には室町時代に中国から伝わり、京都の貴船地方で自生した「貴船菊」という品種があります。
茶花として愛されてきた、日本の秋にふさわしい花です。
秋に咲く花の「情緒」と「耐寒性」
秋の花には、独特の情緒があります。
それは、冬への準備を始めながらも、最後の輝きを放とうとする、生命の美しさ。
コスモスの花言葉は「調和」「乙女の純真」。
でも私は、「凛とした強さ」も感じます。
朝晩の寒暖差に耐えながら、それでも美しく咲き続ける姿。
まるで、人生の秋を迎えた私たちに、勇気を与えてくれているようです。
耐寒性の面でも、秋の花は優秀です。
シュウメイギクは寒さに強く、最大で80cm程度の高さに成長し、多年草のなかでも扱いやすい中型サイズに該当します。
一度植えれば、毎年同じ場所で秋を告げてくれる、頼もしい存在です。
花卉研究者から見た”秋の美しさ”とは
研究者として、私は秋の花の「適応力」に感動します。
気温の変化、日照時間の減少、朝露の増加…
秋の環境は、花にとって決して楽ではありません。
でも、花たちはその環境に見事に適応しています。
例えば、コスモスは短日性といって、日が短くなると花が咲く性質があります。
自然のリズムに合わせて、最適なタイミングで花を咲かせるんです。
これは、長い進化の過程で獲得した、素晴らしい能力。
人間も、自然のリズムに寄り添って生きることの大切さを、花たちが教えてくれているように思います。
押し花にも最適な秋の花たち
秋は、押し花作りにも最適な季節です。
空気が乾燥しているので、花がきれいに仕上がります。
私も富良野に来てから、押し花作りを始めました。
おすすめは:
- コスモスの花びら
- 小さなダリア
- ワレモコウ
- センニチコウ
作り方は簡単。
新聞紙に花を挟んで、重しをのせて1週間。
出来上がった押し花は、手紙に添えたり、しおりにしたり。
秋の思い出を、形に残すことができるんです。
冬の寒さに寄り添う花の選び方
雪の中で咲く奇跡:シクラメン、パンジー、ハボタン
北海道の冬は厳しいです。
でも、そんな中でも咲く花があることを、富良野に来て知りました。
シクラメンは、主に室内で楽しむ花ですが、最近は耐寒性の強い品種も。
戸外でも育てられるようにシクラメンを品種改良したのが「ガーデンシクラメン」。実は日本の生産農家さんが作り出した品種です。
日本の技術力の高さを、改めて感じます。
パンジーは、冬の花壇の主役。
開花期間が長く、秋から翌年の春まで楽しめます。
雪の下でじっと耐えて、春になると再び花を咲かせる姿は、まさに「忍耐」の象徴。
ハボタンは、花ではなく葉を楽しむ植物。
江戸時代から栽培されている「古典園芸植物」のひとつとされています。
お正月の縁起物としても親しまれていますね。
冬でも彩りを保つ寄せ植えテクニック
冬の寄せ植えは、色の組み合わせがポイントです。
私のおすすめは、「白・紫・緑」の組み合わせ。
例えば:
- 白いガーデンシクラメン
- 紫のビオラ
- 緑と白のハボタン
この3つを組み合わせると、雪景色にも映える、上品な寄せ植えができます。
鉢は、凍結に強い素材を選びましょう。
素焼きの鉢は、水分を含んで凍ると割れることがあります。
科学的に見る「耐寒性品種」の秘密
なぜ、同じ花でも耐寒性に差があるのでしょうか?
これには、細胞レベルの仕組みが関係しています。
耐寒性の強い植物は、細胞内の水分を減らしたり、凍結を防ぐ物質を作ったりします。
まるで、不凍液を持っているようなものです。
耐寒性ゾーンは長期間耐えることができる冬越し可能な地域を表します。
この知識があれば、自分の地域に合った花を選ぶことができますね。
研究所では、この仕組みを解明し、より耐寒性の強い品種を作ろうと努力してきました。
その成果が、今の豊富な品種につながっています。
冬の花と過ごす、心温まる時間
冬の花には、特別な魅力があります。
それは、「共に寒さを乗り越える」という連帯感。
窓辺で咲くシクラメンを見ながら、温かいお茶を飲む。
雪の中でも咲き続けるパンジーに、勇気をもらう。
そんな小さな瞬間が、冬の日々を豊かにしてくれます。
富良野の冬は長いです。
でも、花たちがいてくれるおかげで、その長さも苦になりません。
むしろ、ゆっくりと時間が流れる冬だからこそ、花との対話を楽しめるのかもしれません。
花選びに役立つ実践アドバイス
地域・気候・日照条件から選ぶ花
花選びで一番大切なのは、「その花が、あなたの環境で育つか」ということ。
私も研究所時代、全国各地の生産者さんを訪ねました。
沖縄のハイビスカス農家、東北のリンドウ農家、そして北海道のラベンダー農家。
それぞれの地域で、それぞれに適した花が育てられていました。
地域による選び方のポイント:
北海道・東北
耐寒性の強い宿根草がおすすめ。
フロックス オープニングアクトは、強健で暑さや寒さに強く、株いっぱいに花咲く姿が圧巻のハイブリッド宿根フロックスです。
関東・東海
四季がはっきりしているので、季節の花を楽しめます。
春はチューリップ、夏はペチュニア、秋はコスモス、冬はパンジー。
関西・中国・四国
夏の暑さ対策が重要。
日陰を作ったり、水やりの工夫が必要です。
九州・沖縄
耐暑性の強い花を選びましょう。
ニチニチソウやマリーゴールドなどがおすすめ。
花の色が人の心に与える影響
花の色には、不思議な力があります。
カラーセラピーとは、日本語で「色彩療法」のこと。色の持つ心理効果を利用して、心身のバランスを取り、自然治癒力を高める効果があるのです。
私の経験から言うと:
赤い花(バラ、ダリア、サルビア)
活力や情熱など、強いエネルギーをイメージする色。
朝、赤い花を見ると、一日を元気に始められます。
黄色い花(ヒマワリ、マリーゴールド)
幸福感を与えてくれます。
キッチンの窓辺に飾ると、料理も楽しくなりますよ。
青い花(デルフィニウム、ネモフィラ)
心を落ち着かせてくれます。
書斎や寝室におすすめです。
白い花(カサブランカ、白いコスモス)
清潔感と新しい始まりを感じさせます。
玄関に飾ると、気持ちもすっきり。
季節を超えて楽しむ宿根草の活用法
宿根草は、忙しい現代人の味方です。
多年草とは、同じ株から翌年以降も花を咲かせる植物です。多年草は、年々株が大きくなっていきます。
つまり、一度植えれば、毎年楽しめるんです。
私のおすすめ宿根草:
春:シバザクラ、アジュガ
グラウンドカバーとして優秀。雑草も防いでくれます。
夏:エキナセア、ルドベキア
暑さに強く、蝶も集まってきます。
秋:シュウメイギク、ホトトギス
和の雰囲気を演出してくれます。
冬:クリスマスローズ
冬から早春にかけて、庭を彩ります。
宿根草の魅力は、年々大きくなること。
3年目のシュウメイギクの堂々とした姿を見ると、一緒に年を重ねてきた友人のような愛着を感じます。
花を選ぶときに心がけたい”物語性”
最後に、私が一番大切にしていることをお話しします。
それは、花の「物語」です。
その花には、どんな歴史があるのか。
どんな人々に愛されてきたのか。
そして、あなたとどんな思い出を作るのか。
例えば、16世紀にオランダに伝わったチューリップは王族や貴族の間でたちまち大人気となり、品種によっては球根1個1億円ほどの高額で取引されるものも出てきました。
この「チューリップ・バブル」の話を知ると、春の花壇のチューリップも、違って見えてきませんか?
富良野のラベンダーも、物語に満ちています。
一時期は輸入香料の普及等の影響により、栽培農家は減少し、北海道のラベンダー栽培は終焉を迎えようとしていました。
でも、「ラベンダーと十勝岳」という上富良野の風景写真が、1976年版の国鉄カレンダーに掲載されたことで、北海道・富良野のラベンダーが広く世に知られ、今では日本を代表する花の名所になりました。
花を選ぶとき、その物語も一緒に持ち帰ってください。
きっと、花との時間がもっと豊かになるはずです。
まとめ
花と共に過ごす日々は、私たちの人生を豊かにしてくれます。
春の訪れを告げるクロッカス。
夏の太陽に向かって咲くヒマワリ。
秋風に揺れるコスモス。
冬の寒さに耐えるシクラメン。
それぞれの花が、それぞれの季節に、私たちに語りかけてきます。
科学者として30年以上花と向き合い、そして今、富良野で花と暮らす私が確信していること。
それは、「花は単なる観賞物ではない」ということです。
花は、私たちに季節を教え、自然の摂理を伝え、時に励まし、時に慰めてくれる、かけがえのない存在です。
どうか、この本を読んでくださった皆さんも、花との素敵な出会いがありますように。
そして、その花たちと共に、豊かな時間を過ごされますように。
「新種の開発は、単なる品種改良ではなく”未来の風景”をつくる仕事。だからこそ、科学者にも詩人のまなざしが必要なんです」
この言葉を胸に、私はこれからも花と共に歩んでいきたいと思います。
皆さんも、ぜひ一緒に、花のある暮らしを楽しんでみませんか?
きっと、今まで見えなかった世界が、花を通して見えてくるはずです。